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第1回:50周年の意味

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D&D 50周年

2024年12月5日

柳田真坂樹


ダンジョンズ&ドラゴンズ(以下、D&D)は2024年で、発売されてから50年目となりました

50年は、長い月日です。

例えば、この50年でコンピュータやインターネットが広まり、それ以前とは生活のあり方がまったく異なってしまいました。

生まれながらにインターネットや携帯電話があった世代には、インターネットがなかった時代、固定電話しかなかった時代のことが想像するのが難しいでしょう。

それと同じことが、D&Dについても言えます。

D&D、すなわちテーブルトップ・ロールプレイング・ゲーム(TRPG)がなかった時代のことを、今の世代に説明するのは難しいです。

だって、そうでしょう?

現在のポップカルチャーから“D&Dに源流があるもの”を取り除いたらどうなると思いますか?

まず、デジタルエンタテインメントの重要な一角を占める、コンピュータRPG(以下、CRPG)やMMO(大規模多人数オンラインRPG)はすべて、存在しなかったかも知れません。

それらのゲームは、初期(1970~80年代)のプログラマーたちが自分たちの遊んだD&Dの冒険体験、すなわち「自分の分身である“キャラクター”を作り、架空世界でさまざまな体験や交流をする」ことを、コンピュータで再現しようとしたものです。

例えば、コンピュータにダンジョン・マスター(以下、DM)の役割を行なわせ、一人でもTRPGセッションを楽しめるようにしたり、複数のプレイヤーでネットワーク上のダンジョンを探索したりといったふうに。

もちろん冒険の体験というのは、遊園地などでも人気のコンテンツですし、D&Dがなくても似たようなコンセプトのエンターテインメント、すなわちコンピュータ上で架空世界の冒険をするというコンテンツはありえるでしょう。ですが、それは今ある形とは違う、別のものになっていたことと思われます。

また、“異世界での冒険”というジャンルも、今あるような形で存在したでしょうか?

剣と魔法、竜や妖精のいる異世界の冒険が、映画や小説、コミックのジャンルとしてこれほど一般的になったのも、D&Dの影響が大きいはずです。

『ゲーム・オブ・スローンズ』のジョージ・R・Rマーティンが、『ロードス島戦記』の水野良が、D&Dを遊ばなかったなら?

ほかにもD&Dに影響を受けたクリエイターは数多くいます。しかも今では、そうしたクリエイターが作ったゲームや映画、小説にコミックを見て育ったクリエイターが、あらたな冒険の光景を描いています。もしかしたら、その源流がD&Dであることを意識していないかもしれません。

例えばミミックというモンスターがいます。 宝箱に擬態し、近寄ってきた冒険者を襲うこのモンスターは、1977年に刊行されたAD&D第1版の『Monster Manual』で登場しました。デザイナーはゲイリー・ガイギャックス、D&Dのデザイナーのひとりです。


ミミックは日本でも初期のCRPGに登場して広く知られるようになり、近年においても多くのゲーム的なファンタジーを扱ったコミック、小説などに登場し、印象深いシーンを作り出しています。

ですが、現在の視聴者のほとんどは、これがD&D固有のモンスターだったことなど知らないでしょう。ファンタジーを扱ったゲームに登場する一般的なモンスター、ドラゴンやオークといった各地の伝承や小説に出てきたものと思っているかもしれません。

これが50年の年月です。
D&Dはすでに映画や小説、音楽と同じように、近代の文化史の一部になっているといっても過言ではありません。
しかし、ここからが重要なのですが、D&Dは歴史的なゲームではあるとはいえ、50年間という年月に埋もれてしまった過去のゲームではありません。

むしろ50年の間ずっと。他のTRPGやCRPG、ボードゲームやトレーディング・カード・ゲーム、映画、小説、コミックといった「異世界を舞台に冒険をするジャンル」の各コンテンツと肩を並べ、ときにはその先頭に立ってシーンを切り拓いてきたゲームなのです。

変わり続ける社会のかたちに足並みを揃え、変化を続け、そして常に新たなユーザーを剣と魔法、竜と妖精、の世界に誘い続けてきたゲームなのです。

では、このゲームが50年に渡り人々を惹き付けてきた理由はどこにあるのでしょう?

○『チェインメイル』と『ブラックムーア』
1974年の最初のD&D、その原型は2人のデザイナーの2つのゲームに遡ります。

一方のデザイナー、ゲイリー・ガイギャックスの『チェインメイル(Chainmail:鎖かたびらの意)』は中世の戦場を再現するゲームでした。天板に砂を敷き詰めたテーブルの上に地形を作り、兵士を象ったミニチュアを並べて戦います。


1体のミニチュアで20人の兵士を表わすのが基本ですが、1体のミニチュアが1人の兵士を表わす個人戦のルールを使うことで、小規模の極地的な戦いを再現できました。
何よりも画期的だったのは、巻末にあったファンタジー・サプリメントです。
中世の戦場を再現するこのゲームに、ドワーフやトロール、ドラゴンやジャイアントといったファンタジー世界の住人を登場させ、大砲の代わりに魔法使いがファイアーボールやライトニング・ボルトを放つというものでした。


もう1人のデザイナー、デイヴ・アーネソンは、ガイギャックスの『チェインメイル』を遊び、そのファンタジー・サプリメントを気に入りました。彼は自分なりに剣と魔法の架空世界を舞台として連続ゲーム(キャンペーン)を行ない、そのためのルールを追加しました。
連続したゲームのため、1人の兵士は個性を持つキャラクターとなり、それを表現するため体力や知力といった能力が設定されました。これらの特性はゲーム中のギミックを解決する際の成否に影響します。
そしてプレイヤーは魔物の潜むブラックムーア城やその周辺の湿地を探索に出向くキャラクターをプレイするのです。このバリエーションを彼は『ブラックムーア(Blackmoor:黒き湿地、ほどの意)』と呼びました。
アーネソンはこのゲームでは、ゲーム・マスターという役割を果たしました。
プレイヤーたちに状況を説明し、行動を促し、例外的な状況が生じたなら、その場で臨機応変に対応したのです。

ガイギャックスがアーネソンの『ブラックムーア』を遊んだのは1972年の秋、11月の夜でした。そのゲームは枠組こそ確かに『チェインメイル』でしたが、体験はまるで違うものでした。

「松明の薄暗い明かりに照らされた地下迷宮の光景と感触。オーガの野営地に近づくとき木々の上にあがっていた煮炊きの煙。そうした景色を、ゲームの作成者であり審判役だったデーヴ・アーネソンは、目のあたりに見るごとく描きだした。しかもゲイリーたちの一団は、力を合せて一緒にプレイし、各人が『何ができて何ができないか、どんな武器と防具を持っているか』といった特徴を備えた一人の人物を演じるのだった。プレイヤーはみな、ゲーム中は自分のキャラクターとして語り、演技した。」

(中略)

「それはある意味、皆でお話を作る試みのようでもあり、演出家はいても脚本のない演劇のようでもあった。ゲームはごく自然に即興に進み、驚くほどの創造性を解き放った。しかもそれらすべてが、事前に準備されたプロットと、そしてもちろん『チェインメイル』のきちんとした戦闘ルールの枠内で実現可能だったのだ!」
(マイケル・ウィットワー著、『最初のRPGを作った男 ゲイリー・ガイギャックス~想像力の帝国~』P.116より)


D&Dが、そしてTRPGが50年に渡り人々を惹き付けてきた魅力は、まさにこの一晩の経験に集約されています。

TRPGにおいてプレイヤーは、ゲームのルールを元にして、即興で、驚くほどの創造性を発揮できます。他者の創造性を目の当たりにします。
そしてなによりも、その成果物としての物語を、映画や小説のような追体験ではなく、自分が主体となって経験できるのです。

誰もが小説家や漫画家や映画監督のように創作し、俳優のように実演し、そして観客として自分たちだけの物語を観賞できるのです。

この一晩の興奮を元に、ガイギャックスはアーネソンと協力し、そのアイデアをゲームの形にまとめます。そして1974年1月、歴史を変えるゲーム、最初のダンジョンズ&ドラゴンズのボックスセットが発売されました。

箱の中には冊子が3つと、ホチキス留めされたおまけのシート類。価格は10ドル(当時のゲームの価格としては高い部類だったそうです)、初版は1000部。発売当初から人気は高く、あっという間に二刷り、三刷りと版を重ねてゆきます。

今から50年前のことでした。

(第二回:最新のD&Dの姿、へ続く)


※この記事の内容は、著者の個人的な見解であり、当社の意見を代表するものではありません。
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