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D&D 翻訳歴 20 年の
柳田真坂樹氏が語る翻訳の舞台裏

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特別インタビュー

2023年10月4日

——柳田さんが D&D を知ったきっかけやゲーム翻訳者になったきっかけは?


僕は 1974 年生まれで、小学校 5、6 年の頃にゲームブックにはまりました。その時にゲームブックのルーツに「D&D」というものがあると知ったことがきっかけで、日本で翻訳されていた「赤箱」と呼ばれる D&D を購入しました。その後、大学生の頃、D&D の 3版が海外で出た際に英語版を購入し、身内で遊ぶために個人的に訳したのが最初の翻訳です。そして大学院を卒業し、3 年働き退職したころに当時の D&D 翻訳チームに入っていた先輩とのつながりで翻訳の仕事を始め、今もずっと続いています。

——翻訳はどのような体制で行っているのですか?


現在のチームは桂令夫、楯野恒雪、塚田与志也、僕のコアメンバーがほぼ固定で、作品により追加メンバーに参加してもらっています。翻訳チームでは桂令夫氏のキャリアが一番長く、僕が参加した時からのリーダーです。僕は翻訳会社の Alpha Games(http://games.alphacrc.com/)に所属しつつ、このチームで連絡をまとめたりもしています。

——1 冊にどれくらい時間がかかるものですか?また手掛けた翻訳の冊数の量は?


だいたい 11 万ワード(220 ページくらい)の製品を 1 冊 1 カ月半くらいで訳します。訳して出した後にレイアウトの確認やルールは本当にこれでいいのかといった確認があります。翻訳そのものよりもブラッシュアップに時間がかかったりします。
D&D の 3 版から手掛けているので、現在 80 タイトル分くらいは手がけてきたと思います。日本訳の 4/5 くらいは僕たちがやっていると思うので、このチームが日本で一番 D&D を訳していますね。

——翻訳をする上で意識をしているポイントは?


D&D は会話して遊ぶゲームなので、同音異義語を用語として使うと、紛らわしく、遊びにくくなるので、その辺はかなり気を付けます。それと、テキストで書いているとつい、かっこいい漢字に難しい読みを付けてしまいたくなりますが、口頭で音にするとわからなくなったりするんですね。それから、対応年齢が 13 歳以上なので、なるべく平易な文章にしようとしています。

——ゲームの翻訳ならではの難しさとはどういうところですか?


ルールを運用する、つまり遊ぶ時に誤解が生じないように訳し、なおかつ極力原文に忠実に訳すところですね。わかりやすいようにと翻訳者の方で運用を判断し、そのように訳すと良くないことがあります。例えば、あるルールに後から修正が入ったときに、我々の判断した運用と違った場合、翻訳にかなり手を入れなくてはいけなくなる。技術書を訳すときと同じような厳密さが必要になるところがあります。

——D&D の翻訳ならではの難しさはありますか?


D&D はファンタジーゲームなので、フレイバー・テキスト(※ゲームのルールに直接関係のない、背景設定や世界観を表現した文章)が重要になります。フレイバーには古文や、ポップカルチャーからの引用、英語圏の人ならニヤっとするような身内ネタやダジャレが入っていることがよくあります。これは、アメコミや古典劇といった文化的な背景の知識がないと見過ごすこともあります。正直、僕だけじゃ全然ダメで、翻訳チームの集合知で何とかするので、メンバーの知識の広さと深さが大事です。そのほか、D&D は来年で 50 周年になるのですが、登場するモンスターにも、最初は単なる邪悪な種族とされていたものが、情報や個性が蓄えられるにつれ、扱いがどんどん変わっています。そういった変遷のコンテクストが分かっていないと取りこぼす情報があるので、過去の版の知識も必要ですね。

——翻訳の楽しさや、やり甲斐は?


「狂える魔道士の迷宮」だとか「Blade of Disaster(破滅の剣)」なんて言葉を書いてお金もらえることは他になかなかないので、これが楽しいです! 翻訳は決して題材が好きじゃなければできない仕事ではないですが、好きであるかによって、出来上がるものに違いは出てきます。その上で、僕たち翻訳者よりも詳しいファンはいらっしゃるので、その方々が満足できる翻訳になっているのか、いつも内心ヒヤヒヤしています。ユーザーとして言うならば、誰よりも早く、D&D の最前線を目撃できるというのはすごく面白いですね。そして、僕は D&D を巨大で歴史あるポップカルチャーだと思っているので、自分達が訳した製品を使って日本のプレイヤーの皆さんが遊んでいるのを見ると、その歴史の一部を担えていることを光栄に感じています。

——翻訳で苦労する点は?


書式や表記、訳語の方針などといった、翻訳の際の基準を作ることではないでしょうか。取りかかる前や作業中にその基準を定めるのに一番議論する気がします。
自分の担当箇所だと、クリーチャーの中で出てくる動物の書式です。僕の好みは、「wolf」ならカタカナで「ウルフ」でなく「オオカミ」にしたいのですが、登場するすべての動物にちょうどいい読みがあるわけではありません。例えば原始的な動物の「Giant Sloth」が「巨大ナマケモノ」となると、だいぶ日本語でのイメージに引っ張られて雰囲気が変わってしまう。なら、それぞれ表記を変えようとなると、ウルフと狼とオオカミに訳し分ける基準はなにか。その基準を個人のセンスに任せてしまうと、我々ではない他の人が作業する時に混乱するし、プロダクト全体の統一性が取れなくなるので、安直であっても分かりやすい基準でやった方がいいかもといったことを議論していましたね。

——D&D で印象に残っている翻訳は?


『ザナサーの百科全書』という製品に登場する、ザナサーのセリフのダジャレですね(笑)。分担して訳した後にザナサーのクォートを全部並べて、ザナサーは果たしてどういったキャラクターであるべきか、このシナリオ、この製品にどういったスタンスで出ているかという話をしました。面白くもないシャレや脱力系のギャグが多いキャラクターなので、このダジャレは決まりすぎているからやめましょうとか、もうちょっと下手にしましょうみたいなことを議論していたのが面白かったです。

——「これはすごい」と思った翻訳は?


D&D 第 4 版時代の訳で、翻訳チームのリーダー・桂さんによる「Come and Get it」という技の訳です。ファイターが周りの敵を集めてその全員を攻撃するという技なのですが、これを「来たな馬鹿ども」と訳していました。あとは、一体選んだ敵に大ダメージを与える「Villain’s Menace」を「悪党死すべし」と訳したのもカッコ良かったです。現在の 5 版ですと、やはり桂令夫氏の訳で、酔拳使いドランクン・マスターの技、「Drunkard’s Luck=酔っ払いの幸運」を「天地既愛酒(天地既に酒を愛す)」へ、「Intoxicated Frenzy=酔っ払って狂乱する」を「呑一升天下無敵(一升呑めば天下無敵)」へと訳しました。これは中国の漢詩[※長金仙「呑酒之十徳」]を引用したもので、意味としてこういうことじゃないか、と訳したそうです。教養があるって強いと思いました。

——D&D の魅力は?


作品としての魅力はもちろんですが、ファンとしての立場から言うと、D&D という趣味を広げよう、共に遊ぶ仲間を増やそうとするユーザーが多いこと、D&D というコミュニティーに貢献しようと考えるユーザーが多いことだと考えています。D&D は、日本では正式な展開が何度か途絶していましたが、それでも変わらず遊び続けられたというのは、遊び続けていくコミュニティーや店舗があったからで、それが今でもずっと続いています。TRPG は製品を売るだけで成立するものではなく、体験して初めて成立します。店舗などでのイベントではダンジョン・マスター(DM)をする人が必要ですが、そこで手を挙げてくれるユーザーがいる、時には店舗のスタッフや経営者が DM をしてくれるというのは大変な強みだと思います。

——12 月 3 日発売の新作『ドラゴンランス:女王竜の暗き翼』のアピールポイントは?


D&D にはいろいろな背景世界があり、「ドラゴンランス」もその一つです。そしてこのドラゴンランス世界は、主要な小説が全部翻訳されている、日本で一番知られているダンジョンズ&ドラゴンズの背景世界なのです。つまり今作は「ドラゴンランス」の背景世界をちゃんと知った上で遊べるという点が大きいです。今回の冒険は、小説第 1 話前後と同じ時間軸の別の地域を舞台としており、小説を読んだ人ならば、「レイストリンたちが冒険しているころ、アンサロン大陸の他の所ではこんなことが起きていたのだ」と分かるようになっています。物語も「悪いドラゴンの軍隊が攻めてくる! 戦え、冒険者達」という、まさにダンジョンとドラゴンの話で、かなりおすすめの冒険ですね。
また、今回の訳はドラゴンランスの最新刊『レイストリン戦記 戦場の双子』(シリーズ 3 巻 4 巻)を訳した羽田紗久椰さんに参加してもらったので、訳語も完璧だと思います。

——翻訳という仕事の魅力とは?


先ほど申し上げたとおり、「こんなバカなことを文字として書いて飯を食えるって最高だな」と思っています。一方、どこかのタイミングで AI 翻訳に抜かされるのではないかという恐怖もあります。でも、ゲームの翻訳はただ書いてあることを訳すだけでなく、デザイナーの意図を読む人に馴染みある文で提供する必要がある。それは翻訳者の経験、文化的背景なども全部が関わってきますし、何よりもそのタイトルやジャンルに対する知識と経験に裏打ちされた“熱意”が必要です。そしてゲームのプレイヤーは、熱意を敏感に感じ取ります。まだその点では AI よりも人に分があると思うのです。翻訳はクリエイティブライティングにちかいところもあり、翻訳者は原作を作っている方々と同じくらい作品に携わって、作品の善し悪しを決めてしまう立場だと私は思っています。

——最後にファンへのメッセージをお願い致します。


僕は 35 年ぐらい D&D で遊んでいますが、D&D はまさに今、最高に面白い展開になっています。各種製品の展開だけでなく、映画(『ダンジョンズ&ドラゴンズ/アウトローたちの誇り』)や PC ゲーム(『Baldur’s Gate 3』)も展開されて高評価を受けています。海外ではセッションの配信も大人気で、人気配信者によるセッションのオリジナルアニメが作成・公開されるまでいっています(『ヴォクス・マキナの伝説』)。ユーザーが D&D の基本システムを使ってオリジナルのコンテンツを作ることも盛んです。ですが、こういった状況は全て英語なのです。日本語化しているのは本当にその一部、本という製品の一部なのです。皆さんには、日本語だけじゃなく英語版も見て、展開し続けている D&D コンテンツにフルアクセスしていただき、日本人デザイナーやユーザーが D&D の配信をしたり、ファンフィクションを作ったりなど広がっていけば面白いと思っています。ですから、まずは日本語になった D&D で遊んでみて、その原典にどんどんアクセスしに行ってほしいなと思いますし、そのためのお手伝いができるのであれば、僕は最高に嬉しいです。


<プロフィール>
【柳田真坂樹(やなぎだ・まさき)】
翻訳家・ライター。D&D 翻訳チームメンバー。東京大学大学院卒業後、公務員を経て、趣味で関わっていた D&D 翻訳チームに参加。「D&D モンスター・マニュアル」第 3 弾を皮切りに、数多くの D&D ルールブックや関連書籍等を手がけ、今日に至る。

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